強打者への道!,見逃し三振をいかに捉えるか。

Last Updated on 2019年6月19日 by wpmaster

私は、高校時代、プロになってから打者に転向して成功した元超高校級投手と対戦したことがあります。結果は三打席連続空振り三振です。私は右投げ右打ちですが高目のボールに左膝が上がらないんです。試合は0-2で負けました。

今回のテーマは見逃し三振ですが、見逃し三振と空振り三振は別物なのでしょうか。

見逃し三振については、監督やコーチからは「向かっていく気持ちが足りない」「自信がないから消極的になる」、「無気力」、プロ野球選手の場合は、観客から「ど真ん中のボールを何故振らないんだ。せめて振れよ」と散々に言われます。

人間には闘争本能は備わっていません。人は、ユダヤ金融に、奴隷として肉体を稼働させる源である肉体に資源を捕球し労働力を再生産させられる関係が構築されているので、石ころのような硬い物体が飛んできたら避けるかかはじき返すか瞬時にしなければいけません。そこにメンタルは介在しません。ボールの軌道を見ているだけではバットを振れるようにはなりません。脱力しろと言い聞かせるだけでは脱力できません。肉体を稼働しなければバットを振れません。複数の内の動作のいずれかを削るか波動を作らないと脱力はできません。

見逃し三振の原因その①:始動の遅れ

野球をやる人間は、限界を定めずにいかに速く振り切るかを練習します。打席では最も失速の少ない高目を最初に振ります。
体に負荷がかかっていては速く振ることができません。脱力しないと速く振ることはできません。

脱力の一方法として予備動作によって波動を作るというのがあります。ヒッチ、コック、シンクロステップ、両膝の内旋がその例です。それによって始動の遅れを防ぎます。但しやり過ぎても遅れます。

トップハンドもボトムハンドも薬指をグリップに引っ掛け、トップハンドの親指と人差し指でグリップをつまむと予備動作が円滑に行え、ミートの瞬間にトップハンドの親指でグリップを押し込め、人差し指の付け根で引手をボールの軌道を受けることができます。

見逃し三振の原因として最も多いのが、ストライド(踏み出す足のステップ幅)が広がって前足のストライドが広がってしまうことです。ストライドが広がったり後ろの股関節を内旋させると手首の位置は下がっていきます。

一旦、ストライドが広がってしまうと広がったまま着地しても手前に引いて着地しても着地が遅れフルスイングができないということです。故に見逃し三振も空振り三振も仕組みは同じで程度の差なのです。

ステップ幅が広がるということは、結果として見れば、ボールを追いかけているのと同じです。ステップ幅が広がれば顔が先に出てバットが後から出てきます。顔とボールの軌道の距離が短ければ、人はボールの軌道が速いと錯覚するのです。

ストライドが広がる原因は、踏み出す足の着地位置の探りのときに踏み出す足と後ろの足の内踝が並進してしまうことです。丸の三振に関して踵体重が批判の的となりますが、踵体重によって前足の推進にブレーキがかかりますので、踵体重の方がスパイクの内側でエッジをかけるよりはずっと益しです。良くないのはブレーキが壊れた踵体重です。

着地位置を探るときにグリップを握る手首の位置が上がっていき、後ろの足のスパイクの外側に重心が乗っていかないからです。

後ろ足のスパイクの外側に体重が乗れば前足の着地位置の探りのときに後ろの肩が前の肩より上がり押し手の肘がヘッドの外側に張り出し後ろの脇が空きます。ダウンスイングとアッパースイングであれば後ろの股関節の内旋よりも前に押し手の肘がきてヘッドの稼働域が広がるのでインコースにバットの芯を通過させることができます。

何故、スパイクの外側に体重が乗らないのか。打者は膝を上げたり、手前に前足を引いたり、手首の位置を下げて下げたりする(ヒッチ)すること(いずれも始動と言います)によって波動を作るのですが、それができていないからです。

投手は静止しているスパンを長くしたりクイックで投げたりします。膝を上げる高さも違います。テイクバックの捻転差も異なります。投げる方の肘をつまみ上げるプロセスも違います(アーム式、逆L)。

投手が膝を上げたとき、又はグラブを持つ手と踏み出す足が並進したときに打者は地面を蹴るのですが、膝の高さが最高になるのが(手首の位置が最低になるのが、ステップ幅が最短になるのが)ボールの軌道に遅れてしまうから始動が遅れているのです。

始動が遅れれば、踏み出す足の着地位置の探りの途中でボールがミットに収まる。手首の位置が最高のところ(振り下ろし着前の高さ)に達することなく、専門用語でいうところの”トップが浅い”ままで、ヘッドの内側に押し手の肘が入り脇が閉まり、押し手の肘が前に出て行かないということもあります。スイングできたとしてもヘッドがボールの内側に入ります。

長打が打てる打者にコーナーを突くというのは投手の意思ではありません。コーナーを突けば球数(労働量)は増え労働の単価が下がります。監督コーチを使用して労働ををさせている資本と選手との経済関係です。

野球をやる人間は試行錯誤しながら腱、股関節の稼働をいかにすればストライクゾーン内のボールの軌道にバットの芯が通過するかを演繹的に研究し練習します。探りのときにスパイクの外側に重心が乗って体が前に出ていくまでの間が取れれば体がどんな球種が来ても、後ろの股関節と腱の稼働によってブレーキをかけるタイミングブレーキを解くタイミングをコントロールできます。メンタルではなく肉体の稼働が肉体をコントロールしているのです。読みが外れたから見逃しているのではないのです。

肉体は前脛骨筋、腱、内転筋、股関節、肩甲骨、肩関節を始め各部位が損耗していれば肉体を稼働できなければ稼働できませんから、肉体の稼働の源はフィジカルです。

コーナーギリギリを見極めての四球も見逃し三振も、労働の単価を下げるという経済関係が介在していなければ、結果としてわずかの差であってもその土台となる肉体の稼働、源となるフィジカル面については差異が大きいと言わなければならないでしょう。

カット打法と「コーナーギリギリにバットが出ない」は、後ろの股関節の外旋(割れを作る)より先に骨盤が前に出ていく、両股関節をぶつけて前足に軸足を移す前に、後ろ足の膝を落とす、後ろ足で地面を蹴る、言い換えれば後ろ足を軸に骨盤を回転させるわけですから、前足を軸に骨盤を回転する「ボールを見極めた打者」「クサいボールをヒットにした打者」とは裏表の関係にあるというのも違うと思います。前足を軸に振ると後ろ足を軸に振るは、大きな差異と言えます。

外野へのフライボールは割れを作らないと打てませんからフライボール革命は間違いでないと思います。

見逃し三振が多ければ多いほど、その打者は二流、三流の打者ということです。

「ステイバックもできてスイングを止めたのに、ヘッドを微動だにさせなかったのに何故今のがストライクなんだ」とストライクをコールされた後に感じたということは、ボールの軌道と体軸が僅かでも逆に動いているから、後で振り返るとボールに見えたのです。

見逃し三振の原因その②:過度の踵体重

ステイバックのときに後ろ足の踵に負荷がかかりすぎると踝ではなく踵が後ろに滑ります。
先ほど述べた壊れたブレーキになります。これだと前足の股関節を前に起こさないと押し手の肘が前に出て行きません。踵体重が極端であれば前足の着地も遅れます。これも見逃しの三振の原因の一つです。

見逃し三振の原因その③:右肩、右肘が内に入る

探りのときに右肩や右肘が内側に入ると押し手の肘よりも先に前肩を開かないと押し手の肘あ前に出て行きません。割れを作るときには前肩の位置を動かしてはダメです。

見逃し三振の原因④引手の肘が突っ張る

探りのときに引き手の肘が後ろに突っ張ると引手の肘を抜くか引手主導で打たないと押し手の肘が出て行かないので振り下ろす直前にヘッドが寝て頭とヘッドの距離が離れてしまい、押し手の肘が出て行きません。逆方向への打球は強くなりますが順方向に引っ張れません。

結語

1つの球種に照準を合わせることは全ての面に対応するということを放棄すること。
2ストライクを取られたらクサいコースはバットを短く持ってカットしろということを言う指導者がいますが、バットを短く持てば押し手の前腕部がロックされますので予備動作で波動が作れません。カットするということは、押し手の肘の推進より先に前肩を開いたり手首や引手の肘を出してヘッドを寝かせてドアスイングでボールの内側を打つことです。ファウルを打つということはヘッドをボールの軌道の下に入れて手首を返したりヘッドアップさせて打つことです。これで打撃のは土台ができません。
見逃し三振をあらゆる面から考えた結果だとして好意的に捉える者がいますが、これらの打ち方は見逃し三振と紙一重です。全ての球種、ボールの軌道に対応できるのはカット打法、ファウル打法ではありません。カット打法、ファウル打法を推奨する者は指導者として恥じなければいけないと私は思います。

打ち損じがファウルになるのが二流、三流、フェアゾーンに入ってアウトになる打者の方が優れた打者なのです。

見逃し三振の多い打者は、カット打法で球数を投げさせる打者と大差がないのです。

クサいコースをフルスイングして安打にできる打者こそが一流打者であると私は考えます。

フェアソーンの打球が凡打になるか安打になるかは運不運ではありません。
答えは軸足を前足にして振っているかどうかです。

見逃し三振を糾弾したり罵倒することは生産的ではありません。

見極め率、見逃し率、空振り率その他各種指標や実数は、打撃の問題発見の糸口にすぎません。
一連の動作の過程を見て全ての面から原因を探るという作業は煩瑣です。

心理学の世界に逃げ込むのは最も楽で安直です。

メンタル面を根拠にしている人は、物やサービスを産み出す過程で、その源、土台を他の実体との関係からで把握し、説明できないから心理学の世界に逃げているのです。心理は実体がないから何とでも言い訳ができるのです。心理学の世界に逃げ込む人は後付けの大義に洗脳されるのです。

私はあらゆる職業を転々としてきましたが、失敗や成功の根拠をメンタルに求める人間で仕事ができる人を見たことがありません。

私はメンタルに失敗や成功の根拠をメンタルに求める人間を嘲笑し、軽蔑しています。

野球の場合においても、必ず動画を見て原因を分析することが必要であると私は考えます。