選球眼と「つなぐ野球」

広島東洋カープの3連覇及び強いチームのキーワードとして選球眼、つなぐ野球が語られることが多い、
私は、広島東洋カープのカテのPV部門だけでなく、プロ野球のカテのPV部門で1位を獲ることができた。両カテゴリーのPV部門で1位を獲る前は、1位を獲れたら次からは楽しんで書こうと思っていたが、実際に獲ってみると連覇したくなってくるのだ。
現在4連覇中であるが、ユダヤ人によって日付が変えられる頃には首位から陥落しているだろう。

国家や法人は実体がないから、肉体を稼働することができない。
ダビッドロスチルド、ジェイロックフェラーの代理人であるWhoの職員は、肉体が損耗していない人についてはマスクは不要としつつ、消毒液、うがい薬、石鹸の使用を奨励している。無償で介護をすることを奨励している。野党議員は、女が、労働関係の総和である社会での労働を奨励する。
大資本メディアの職員が作った番組に出ている個人のユダヤ金融の代理人は全て、特にもう一方のユダヤ金融の代理人を叩いているユダヤ金融の代理人は、奴隷の利潤になることは言わない。労働者は権利を取得できていない。自由と平和は共存し得ない。
電波は全て個人のユダヤ金融出資のユダヤ金融の広報である。全てのキーワードは電波の出演者のコメントを無批判に受け取ってることなく、土台となる経済関係、すなわち肉体の稼働に遡って自論を作り上げていかなければならない。

それでは、選球眼は具体的に何についてこのような属性を付与しているのか、また、選球眼と「つなぐ野球」は、いかなる関係があるのだろうか。

序論

人間は、肉体の稼働に基づいてメンタルが形成される。メンタルは、実体のない後付けの方便なのである。

避ける、打つ、捕まえるのは肉体の稼働である。
動けないというのも肉体の稼働が完全に動かしていないが、動かしているか遅れて動かしている。又は体の一部が動きすぎて別の部位の動きが止まる。体の一部を止めて体の全体を止めている。

頭の位置を動かさないというのも、体の動きを始めない、固定する、止めるという肉体の稼働である。

肉体を動かしてから、自分を含めた全ての物体の動きを認識、解釈、価値を付ける。錯覚する。
メンタルによって肉体の稼働をコントロールするのではないのである。

一部の例外を除き、人間は労働をしても価値を労働に価値を完全に付けてもらえない。大量に商品やサービスが提供されるまで労働と引き換えに支給される現金引換券の支給が棚上げにされ、その間、個人のユダヤ金融に借金を課されている。

労働力の再生産を余儀なくされているので、他者が肉体の稼働によって動かした物体が自分の体にぶつかる寸前まで動かさずに物体の動きを認識するという訓練を受けていない。
他者が肉体の稼働によって動かした物体に自分の体を接近させていくという訓練を受けていない。

故に、人間は体の寸前の物体の動きを目→で脳で認識できないのである。
人間は動きを直近に止めたところまでしか物体の動きを認識できない。

他者が肉体の稼働によって接近させた物体の動きと自分の体の距離が遠いと複数の動きができる。又は、労働を強化せずに一つの動きができる。
他者が肉体の稼働によって接近させた物体の動きと自分の体の距離が近いと、複数の動きができず、又は労働を強化して一つの動きをせざるを得ない。
体が前に出るとボールがミットの近くまで動くのを認識できない。

選球眼、ボールかストライクかを選別する思考と言うのは、後付けの実体のない観念である。選球眼の実体は、ボールの軌道を捕手が捕まえるまでに、複数の動きができる若しくは労働を強化せずに一つの動作ができる又は動きを止めることができる他の物体の動きとの関係を構築することである。

この関係は、具体的にどこを動かさずどこを動かすことによって構築できるのであろうか。関係構築の手段である。
ボールの軌道を認識するに至らせるのは、目で見ることではないとする論拠を補強することができたが、認識に至らしめるのは、体のどこの部分の動きであるか。

ボールを追いかけるな、ボールを長く見ろ

日本の指導者は、ボールを追いかけるな、ボールを長く見ろと言い、身振り手振りで、後ろ足のスパイクの内側でエッジをかけ(スパイクの歯を地面に噛ませる)、ストライドを広げる。重心を下げる。

日本の野球指導者は、「投手は、ストレートだけでなく、緩い変化球も投げてくる、半速球も投げてくる。だから、一旦前足を一歩前に出して着地位置を探ってから前足を着地しろ」と教える。日本の指導者は、「外国人選手は、探りがないからワンバウンドを振るんだ」と言う。
更には、内野手にも打球の正面に入り、「内野ゴロは一歩前に出てから一歩下がれ」と教える。

しかし、前足を一歩前に出すと、ボールが進んでいく方向と頭が逆の方向に動く。ボールの軌道と前肩、骨盤の投手寄りの部分の距離が近くなる。
低目のワンバウンドを振る。

後ろの股関節を捕手側に蹴る間ができないから、押手の肘でスクラッチをしてヘッドを立てる間が作れない。緩い変化球もファストボールも振れない。振り始めてから軌道修正しても高目のボールに追いつかない。追いついてもヘッドの稼働域が狭くなる。

日本の野球指導者が言っている「ボールを長く見ろ」こそが「ボールを追いかける動作なのである。
内野手が「一歩前に出る」が無駄な動きであることも分かっていただけるだろう。

かつては落合博満、清原、上原浩治が入団する前の前田智徳、現在でも田中広輔、丸は、前足の探りで一旦、前足を前に踏み出してから背骨の近くまで前足を引いている。

前田智徳は、上原の最初のシーズンにおける上原との対戦では上原を打てなかった。佐々木主浩のフォークにバットが回っていた。上原の2シーズン目、外国人選手のようにすり足で探らずに前足を真下に下し、ゆっくりと振って上原から6打数で3本の本塁打を打った。
前足で探っていないのに何故、ゆっくりと振ることができたのでしょうか。
その答えは、最後まで読んでいただければ理解できます。

踏み込んで打て、投手は打者に踏み込ませるな

日本の指導者は踏み込んで打てと教える。投手には、インコースベルトの高さより上に投げて腰を引かせ、恐怖心を与えアウトコースのボールに対して踏み込ませないようにしろと教える。日本の野球指導者は、心理学の世界に逃げ込んでいるのである。

踏み込んで打つとはストライドを広げて打つことである。踏み込んで打つから、インコースベルトの高さより上のボールの軌道に前肩、骨盤がぶつかっていくから、腰を引いてボールの軌道を避けるのである。
その後も、アウトローのボールに対して前足を踏み出しているから振れなかったり、ワンバウンドを振るのである。

日本人の打者は、前膝を骨盤より上げて後ろ足のスパイクの外側、後ろ足の踵に体重をかける。

外国人選手の大部分は、投手が前膝を下し骨盤を前傾させて「く」の字を作ったときに前足のつま先で地面を蹴って押手の手首を下げる。後ろの股関節で地面を捕手側に蹴る。前膝を骨盤の下まで持ってくる。
前膝を落とし前肩を下げることで押手の手首を上げる。
真下に前足を着地させることができ、前足を軸に回転半径を狭く、ヘッドをしならせヘッドの稼働域を広く、すなわち加速距離を長くすることができる。
アウトローのボールを打っても両肘が伸びてバットの先に当たるということがない。
押手の肘でスクラッチすることでヘッドを立てる。振り下ろす直前の押手の手首の位置で押手の手首が停止しない。

実際には、打者は、「踏み込まずに打て」が正しい。「踏み込んで打て」は、「踏み込まずに前足を軸に振れ」と読み替えないといけない。

投手は、「打者に踏み込ませろ」が正しい。ヒッチさせる間を作らせず、後ろの股関節で捕手側に地面を蹴る間を作らせず、ストライドを広げさせろ」が正しい。

ボールを引き付けて打て

日本の野球指導者は、投手が前膝を上げたら、打者は、前膝を上げろと指導する。
ボールを引き付けて逆方向に打てと言う。
しかし、ボールの軌道を背骨に近付ける手段、過程を教えられない。
野球少年は、前肩を内側に入れ、ボールを背骨に引き付ける。
これだと、押手の肘より先に前肩を動かしてやらないと押手の肘が前に出ていかない。
ボールの軌道と頭が、ボールの軌道と骨盤が逆に動く。ヘッドと頭の距離が離れ押手の肘が伸びるドアスイングになる。

内野手が打球の正面に入るのも、打席で前肩を開いて押手でボールを捕まえることに相当する。

野球指導者の中には、古田敦也のように、前肩を動かさずに引手の肘を突っ張らせてから振りなさいと教える指導者がいる。落合博満もヒッチ、コックという予備動作を採り入れて前肩を動かすなと説くが、落合の打撃動作を見ると、一回目のステイバックの過程で引手の肘が突っ張っている。
一方で、田尾安志は、ステイバックの過程で引手の肘を突っ張らせる山﨑晃太朗をディスっている。
引手の肘を突っ張らせるのは、ボールを引き付けるという面で、貢献するであろうか。

レベルスイングで振れ

日本の野球指導者は、前脛骨筋以外の腹横筋、骨盤底筋、外旋六筋、内転筋を始めインナーマッスルのトレーニングを採り入れてこなかった。
腹横筋の稼働域が狭く押手の肘でスクラッチすることができず、腹横筋が強化されていないので、押手の肘が、振り始めると引っ張られて伸ばされる。
日本人の骨盤は後傾し、骨盤が前傾し「く」の字を作るのが難しかった。故に両股関節をぶつけ骨盤を縦に回転させて骨盤で地面を押し込む込むことができなかった。
日本の野球指導者は、股関節を荷重させるトレーニングは導入していたが、股関節の稼働域を広げるトレーニングの導入は進んでいなかった。
後ろの股関節で地面を捕手側に蹴ることができない。内転筋で地面を蹴るトレーニングが進んでいない。
押手の肘でスクラッチ(引っ掻く)間ができない。
これらも押手の肘が引き伸ばされる原因の一つである。
故にボールを押手主導で縦に振ることができない。
よって、前膝を屈曲させて重心を低くし、引手主導で水平に振れと、日本の野球少年は教えられてきた。

これだと、引手の肘を押手の肘の推進より先に抜いてやらないと押手の肘が前に出てかない。
前肩を内に入れたのと同じ結果、すなわち、ドアスイングになる。
引手の肘を抜きながら、押手の手首を背屈させて手の平を上に向けたまま、押手の人差し指の付け根でグリップを前に押し運んでいくレベルスイングはドアスイングと50歩100歩なのである。

押手主導の現在の打法に変える前の引手の肘を抜いて打つ坂本勇人のインコース打ちを大資本メディアの実況解説は、絶賛していたが、坂本はインコースベルトの高さより上のボールは強くない。引手の肘を抜いてインコースベルトの高さより上のボールを打つ坂本の打撃を絶賛する実況は、野球を知らないのである。
ユダヤ金融は、野球に限らず、肉体を破壊する学問を代理人に構築させ、不勉強な奴に宣伝させる。既に疎外労働をさせている人民を洗脳するのである。

ボールの内側を打て

少し野球を勉強した指導者は、ボールの内側(捕手寄り)を打てと教える。
しかし、ボールの内側を打つ手段、過程を教えない。
日本の打者は、ボールの内側は、最低でも前足のつま先が接地するまで、前肩を動かさずに、押手の肘の推進前に骨盤を後ろ足を軸に回すことによって打ち、演繹法(わかりやすくいうと経験則)でこれが正しいとしている。
前足に体重を移してからも後ろ足にも体重を残すと誤解しているのである。ヘッドステイバック=後ろ足に体重を残すと誤解している。

前肩を動かさないという大まかに言えば部分は正しいが、前肩を動かさない手段、プロセスを日本の指導者は教えてこなかった。

ヒッチをするな

厳密に言えば、前肩を動かすなは、横、前後に動かすなということである。
ヒッチとは、押手の手首の位置を上下に動かすことである。
日本の指導者は、目線がぶれるから、又は振り遅れるからヒッチをするなと教えてきた。
ボールは眼で見るのではないことは前述のとおり。

押手の手首を下げることによって波動が作れる。すなわち脱力できる。押手の方の肩が引手の肩よりも下がる。後ろの股関節で地面を捕手側に蹴ることができる。
ヘッドの稼働域が横ではなく後方に大きくなる。
前足を一歩前に出す間が作れないので、背骨の近くに真下に前足を落としてから前膝で地面を蹴って前足首を背屈させざるを得ない。
前肩が横、前後に動かない。

前足のつま先を触地させると引手側の肩が下がり、大腿骨周辺の筋肉を上に上げることができる。押手の肩が引手の肩よりも上がる。押手の肩関節を外転、押手の前腕部を回内しスクラッチする間ができる。スクラッチすれば骨盤を前傾する。スクラッチを加えて押手の前腕部が回内できていれば、押手の上腕部を外旋してもヘッドが寝ない。

結論

ボールを見るのは、目でもなく前肩でもなく骨盤でもなく前足のつま先でもなく後ろの股関節の外旋である。
ボールを見るというのは、ボールの軌道と押手の手首の距離を調整し維持することである。
石井琢朗が言う「つなぎの野球」「三振をしない野球」については、私は全否定はしていない。一部正しいが、一部外れているという解釈である。
私は、前述のようにストライドが広がって振れなくなるので、石井琢朗がやらせたボールを見る練習を馬鹿げていると批判してきたのである。
落合がオープン戦ではボールの軌道を見るだけで振らないというのも馬鹿げている。

簡単に三振をしないと言うのは、私的には、低目のワンバウンドを振るなということである。私は、高目のボール球は振って回転半径の狭いスイングを作れと言ってるのである。
前肩を開かずに後ろの股関節を使いガイドハンド(押手)でボールの軌道を捕まえられていれば、アウトローのボールは打者の背骨から最も遠いので押手の手首とボールの軌道が最も取りやすい。

投手がワンバウンドの投球をするということは、前肩を内に入れて投球肘を背中まで引かないと右肩関節を外転できない、右肘を持ち上げられないレベルまで、腹横筋、ローテカフ(右腕上腕部のインナーマッスルの総称)が損耗しているということである。投球動作の面から見ても最悪な投げ方である。
投手にワンバウンドの投球を要求する捕手はアホである。

投手は、初球、高目に投球して打者のストライドを確認する。振る力を測る。

ファウルを打つ練習は、前肩を押手の肘の推進より先に開いてボールの内側を打つ。クサいボールをカットする練習というのは、ストライドを広げて前膝を屈曲させて打球にスライス回転をかけてカットする。まず、この2つがいけないと私は、言ってるのである。
クサいボールというのは、投手が投球肘よりも先に前肩を開き、後ろ足を軸に骨盤を回した「置いたボール」である。ヒットにできるボールである。現実にバットが届いているではないか。
これをファウルして投手を助けてどうするんだ。
ファウルを打つ練習をしていると、ゾーン内のいわゆる甘いボールも打ち損じる。
日本のエース級の投手は、初球以外甘いボールを投げてくれない。
インサイドアウトスイングができれば差されるのだが、インサイドアウトスイングができないのでヘッドをボールの内側に入れて合わせただけのバッティングという最悪の打撃をしてしまうのである。

右投げ左打ちは、軸足移動と押手が投げるときと逆である。故に引手主導でボールを掃う。日本の指導者が言うレベルスイングをする。
緩い変化球に泳いでも再度前膝で地面を蹴って押手主導のV字スイングでバットを放り投げて打つことが必要である。

高目を振ったとき回転半径が狭くできれば、ワンバウンドを振らなくなる。菅野や千賀は10球に1球はワンバウンドをさせる。これを振らないだけでも三振を減らし四球を増やせる。
フルスイングは回転半径を狭めてパーフェクトインサイドアウトスイングでないとできない。
パーフェクトインサイドアウトスイングは、安打を打つ以外にも応用できるのである。

一番打者は高目を振って、投手に、次からアウトローに外れていることが後ろの股関節の稼働によってバットが届かないことが明確であるボールを投げさせて四球を取らないといけない。

次は、「つなぎの野球」である。
安打を打つだけが野球ではないというのも全否定はしない。

投手が投球腕を背中の方に引く、守備側の野手が、膝を地面に着いて捕球する、捕球後180°回転して送球するように動作が付加されれば一つ先の塁に進塁する野球には、私は、全面的に賛成である。

四球でもタッグアップで進塁できるケースもルール上はあるが、送球が走者の進路の先にあるので、現実には難しい。
投手は、振る力を測ってから、ボール球を続けて歩かせ、振る力ができていない打者からアウトを稼ぐことができる。投手も投手出身の監督も四球はOkなのである。
だから江川卓は、無安打無得点は簡単にできると言う。
鈴木誠也のように投手が投じたボールがボール球であることが明らかである場合を除き、見逃し三振と四球で歩くのは紙一重である。
二番、三番、四番がクサいボールを振らずに歩いているようでは打撃の土台が弱すぎる。

カープファンは、つなぎの野球を無批判に受け容れる一方で各駅停車の野球を嫌う。
しかし、二番、三番、四番が四球で歩く野球こそが各駅停車の野球なのである。
二番、三番は、四番が歩かされる前に点を取って五番で追加点を取らないといけない。松山、長野は、6番、7番としては優秀だが、5番が松山、長野では弱すぎる。

バントは、前肩を開いてからボールに当てるから、バントは打撃を崩す。バスターは、前肩が内に入り、打撃を崩す。

右打者を2番に置いてボールを引き付けずに逆方向に打たせると打撃をすると打撃の土台が崩れる。
1イニングス目ではなく、右打者が走者一塁の場面で打席に入り、逆方向に進塁打を打たせるのであれば、前膝で地面を蹴って前膝を突っ張らせ足首を背屈させる。その上で、インパクトの瞬間、両股関節をぶつけずに後ろ足の踵で地面を前に蹴ることで後ろの足に体重を残さず、前足を軸に振る。このことが重要であると考える。

ゴロを打つ練習は、インサイドアウトスイングで引手の肘を抜きながら骨盤を横回転しながら水平に振り押手の手首でヘッドを押し運ぶ。ボールの内側を、ヘッドに手首のラインを越えさせずに打つ。ヘッドアップしたり、手首を返して(完全に押手の前腕部を回内して)打球にスライス回転をかける。

メジャーのレベルスイングは「ボールの軌道」と水平に振るが正しい。全ての投球は、投球腕の前腕部を回内(押手の小指を上にする。打者は、そこまで極端ではないが、打者が押手の親指でグリップを押し込む動作に相当する)することでトップスピンを産み出す。
投球腕の前腕部を回外(打撃で言うとボールの投手側を縦に擦ってボールの下にヘッドを潜らせる動作に相当する。)することでバックスピンを産み出す。
投手は、レイトコッキング期におけるレイダウンを大きくすることで、打者は、前膝で地面を蹴ってヘッドステイバックを大きくし、押手の前腕部を回内して押手の手首を背屈させる。これがしなりである。
押手の前腕部を回外すると押手の手首のしなりが解ける。打者は押手の親指でグリップを押し込むことで再度押手の手首を背屈させることができる。
打者は、引手の肘を曲げて引手の拳で押手の人差し指の付け根を押し込んでヘッドのしなりが戻った後もヘッドを残すことができる。
投手は、リリースの瞬間、両手首が接近していないので、一手間が採れない。押手の手首の加速距離が短い分、投球肘の前腕部を回外したときのバックスピンを高めることができないので、全ての投球は、ホップ成分(バックスピン)が加えられた後、打球よりも先にシュート成分(トップスピン)が加わるのでボールの軌道が垂れる。

メジャーの指導者の言うレベルスイングは、次のように理解するのが正しい。
ヘッドを立てて押手の肘ファーストで上から振り下ろし、ボールの垂れたところと水平にコンタクトし、バットの中心を起始にしてヘッドのしなりを解き、インパクトの瞬間に押手の親指でグリップを押し込む。ヘッドのしなりが解けた後にヘッドを残す打ち方もヘッドを残さない打ち方もボールの外側を縦に擦ることは同じである。ボールの内側(捕手寄り)を打つのは、押手の親指でグリップを押し込む手前までである。
すなわち、インパクトの前まではダウンスイング、インパクトの直後からはアッパースイングで振るV字スイングで振るというのが正しい理解の仕方である。
内野の頭を越えさせて進塁打を打つのが基本である。
ゴロを打つ練習は不要なのである。
日本の指導者は長くレベルスイングをドアスイングと誤解してきたのである。

[追記]

広島東洋カープの代表社員は、バティスタと契約を更新しないとした。
故意が無いことは実体がない観念である。他方、故意があるとすることも実体がない観念である。目的も実体のない観念である。
選手は、労働を続けても利潤を得ることはない。労働力再生産に選手の意思はない。金融資本に義務付けられている。処分、契約解除を受けると労働力を再生産をできなくなるという不利益を与える。
よって観念によって処分や契約解除を受けることはあってはならない。
経済関係の事実関係を全体化しそれに基づいて契約を解除するとしても、契約期間の残りの年俸を支払わなければない。
にもかかわらず、何故、契約を更新しなかったのか。
材料は人間を労働させることにより作り労働させることにより当該成分を混入させている。
偶然含まれるということはない。
存在及び行為には、予め価値属性は備わっていない。
陽性か陰性かは、後付けで属性を付与する行為である。
これも実体のない観念である。
従来どおり、製薬の開発製造の労働をさせることができる。
製薬や食品を摂取しても肉体の稼働ができていないとサービスを産み出せない。
バティスタは、肉体の稼働の源となる肉体が野球の動きに耐え得ることができず、労働に付する価値を下げて金融資本に利潤を貢げないという価値属性を付けたのであろう。且つ実際に練習も積んでいなかった。しかし、価値属性は実体のない観念である。
また、野球の動きに肉体が耐え得るのであった場合、主砲を解雇すれば他の選手の労働を強化することができる。
代表社員は、ユダヤ金融の代理人であるから契約を更新しなかった。
法は、フィクションされた経済関係を土台に作られる。
金融資本でなく代理人に適用される。
共同通信の社員も中国新聞の社員もユダヤ金融資本の代理人である。
労働を強化したり延長することにより労働に付される単価を下げたことの逃げ口上が家族である。
更に、処分を確定させ、バティスタの行為に法が適用解釈して正当化し、処分を通告。偶然法律の要件に当てはまると言うことはあり得ない。
バティスタは処分を受けているのに契約を更新しなかった。

メヒアではバティスタの代役は務まらない。
また、幼少期に野球の土台を正確に作ってこなかった選手の、実体のない伸びしろに期待するのではなく、バティスタと新たに契約を結び直さないのであれば、メジャーからパーフェクトインサイドアウトスイング8要件を満たす新外国人を獲れ。